三井のスポット

三越劇場
歴史と文化を今に伝える、
至上の劇場空間

東京は日本橋、銀座線「三越前」駅に直結という好立地にある日本橋三越本店。三越劇場は、日常と切り離された異次元空間のような佇まいで6階フロアの一角に構えている。83年に及ぶ歴史の中で育まれてきた独特の雰囲気と文化が、そこにはある。買い物のついでに立ち寄る人々も多く、にぎわいが絶えることはない。

83年の歳月を超えて、歴史と文化を支え続けてきた

大正12年(1923)、関東大震災が東京を襲った。都内広域に被害が及ぶ中で、日本橋三越本店もその例外ではなかった。当時の経営者の「建物だけでなく、文化的な復興も必要だ」という想いが、昭和2年(1927)「三越ホール」の誕生につながった。その名称の通り、当時は催事場としての要素が強く、呉服のお得意様による邦楽や長唄、舞踊など古典芸能の公演が多かったという。そうしたなかでいつしか、親から子へ、師匠から弟子へと文化や芸を継承する流れが生まれた。たとえば、昭和20年代から今なお続く三越落語会は557回も開催されている。古典芸能を催す三越名人会に至っては、日本で随一の639回を数える。そんななか、“モノを売るだけじゃない三越” “文化を継承する場所”というイメージを確立したのが、三越歌舞伎であった。

2010年6月 劇団俳優座公演「大岡越前-卯の花が咲くとき-」 撮影 引地信彦

第二次世界大戦の影響で、歌舞伎座をはじめ多くの演劇場が失われてしまった。そこで、表現の場をなくした歌舞伎役者たちに、戦禍を逃れた三越ホールは開放された。こうした背景から演劇の催しが増加、この頃三越ホールは「三越劇場」に改称された。現在活躍する役者たちの祖父にあたる世代の多くが、若い頃はこの舞台に立っていたと言われている。その当時と同じ空気感や、514席の空間が生む観客との一体感に惹かれ、今でも三越劇場の舞台に立つことを夢見る役者たちは多い。

2006年12月 劇団民藝公演「喜劇の殿さん」 撮影 石川純

未来を見据え、これからも三越劇場は息づいていく

三越劇場は、世界でも珍しい百貨店内に設けられた劇場である。もともとは、“三越本店にご来店いただいたお客様に、お買い物以外も楽しんでいただきたい”という想いがあり、それは今も変わらない。

現在、三越劇場マネジャーを務める谷口さんは、劇場運営から歴史に携わる責任や誇りを常に感じていると語る。三越劇場では、10名あまりのスタッフで、催しの企画段階からチケット販売までを取り仕切る。そんなふうにしてきたからこそ、劇場を“小屋”と呼びならし、演者と想いを一つにして舞台を、歴史を作り上げるという自負があるのだ。「三越劇場は三越本店の財産であり、日本演劇界の宝でもあります。催しのクオリティを高く保つことは重要です。でも、守っているだけでは意味がありません」と言い切るその目は、100年目の未来を見据えている。

谷口さん所有の貴重な資料の一部

三越劇場 マネジャー 谷口 直人さん

1981年入社時、三越劇場に配属。1986年からの三越文化センター(現三越カルチャーセンター)での勤務を経て、1994年に三越劇場に復帰。以来一貫して三越劇場の運営に携わり、2005年より現職。

百貨店に買い物に訪れたお客様が、面白そうな演目を目にしてふらりと劇場に立ち寄ることができるのも、他にはない三越劇場ならではの魅力だ。一歩足を踏み入れた先には、長い歴史と文化が息づく独特な空間が広がっている。観劇を終えて出てくる人たちの表情は明るく、足取りも軽い。時代を超えて変わらない雰囲気、受け継がれる歴史と伝統、なおも可能性を秘めた、日常に寄り添う異空間。これこそが、人々を惹きつけてやまない三越劇場の魅力なのかもしれない。

1927年に三越ホールとして開場し、1946年に三越劇場と改称された。世界でも珍しい百貨店内劇場であり、三越落語会、三越名人会は500回を超える公演回数を誇る。

INFORMATION

三越劇場

[所在地] 東京都中央区日本橋室町1-4-1 日本橋三越本店本館6階

[URL] http://www.mitsukoshi.co.jp/t

[アクセス]
東京メトロ 銀座線・半蔵門線「三越前」直結

[TEL] 0120-03-9354

※上記の内容は2010年10月15日時点の情報です。
出典:三井グループ・コミュニケーション誌『MITSUI Field』vol.8|2010 Autumn より

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