三井の特集

三井広報委員会
活動紹介パンフレット (5MB)
イメージ

世界を変える仕事で会おう。 Mitsui Mirai Meeting 2018

SPOT

旧門司三井倶楽部

港浪漫の香りをまとい威風堂々と佇む洋館/山口から関門海峡を渡ると、かつて栄えた門司港の姿があった。明治時代のレトロな雰囲気をそのまま体現した門司港、その駅前に凛々しく聳(そび)え立つ「旧門司三井倶楽部」は、港近辺にレトロな街並みを形成する“門司港レトロ”の象徴となった。港の景色とともに不思議な引力をもってして、訪れた人たちを懐古の旅へと誘っているようだ。

写真

時の優雅をかたどる趣き

旧門司三井倶楽部は、旧三井物産門司支店の社交クラブとして現在の門司区谷町に佇んでいた。その堂々たる風格は、門司港が全盛期だった頃の華やかさを物語っている。門司港開港の歴史を探ってみると、明治22年(1889)までさかのぼる。北九州の工業力と結び付いて大陸貿易の基地となり、最盛期には同港に1カ月で200隻近い外航客船が入港した。街には旅行客相手の店が立ち並び、商社やビルディングとともに門司港の街を華やかに染め上げた。そして大正10年(1921)、港の多幸感溢れる景色に同化するように、あるいは一線を画した流麗な異国情緒を醸し出すかのように、旧門司三井倶楽部は完成を迎える。

写真

外観を眺めると木造の洋館だが、実は“附属屋”と呼ばれる2階建の和館も併設されている。まさに和洋折衷、大正浪漫を語るに相応しいレトロな建造物。なかでも見逃せないのが、この館が15〜17世紀イギリスで盛んに行われた“ハーフティンバー様式”で形づくられた点であろう。ハーフティンバーは、柱や梁・斜材などをそのまま外部に現し、間の壁体を石材や土壁、煉瓦で充填する。さらに、ハーフティンバー部と2階部分には俗称“ドイツ壁”と呼ばれるモルタル掃き付け壁の工法が用いられている。一方、内装は社交場だった頃の余韻が色濃く残る。5つのマントルピース(暖炉)、それに1920年代前後ヨーロッパ・アメリカで流行したアールデコ調の装飾。平成2年(1990)に国の『重要文化財』に指定されたことからも、歴史的価値の高さをうかがい知ることができる。そしてその翌年、館の移築解体工事が開始されたのである。

古き良きをそのままに

古い街並みと新しい都市機能をミックスさせ、都市型観光地を目指した「門司港レトロ」実現における最重要プロジェクトとして行われた移築。工事は入念な学術調査を実施しながら、使用部材を再使用するために極めて慎重かつ緻密に遂行され、4年の歳月をかけて現在の門司港駅前に復元された。漂わせる風格をそのままに、駅前に腰を据えたエレガントでいて魅惑的な洋館。

敷居を跨ぐと、その不思議な魅力が建物のみから放たれているものでないことがわかる。建設翌年の大正11年(1922)、ノーベル物理学賞を受賞したアインシュタインが講演で来日した際に宿泊したという事実が、この館の価値を格別のものとしているからであろう。2階には、当時アインシュタインが宿泊した居間・寝室・浴室が復元され「アインシュタインメモリアルルーム」として公開されている。併せて、門司区出身の女流作家・林芙美子の資料室も見物である。脈々と“古”が受け継がれ“新”と溶け合うその姿は思慮深い。歴史と価値を後世に伝え続けていくことが、この旧門司三井倶楽部に課せられた使命なのだと黙して語るかのように。

  • 写真

    アインシュタイン直筆サイン(レプリカ)

  • 写真

    アインシュタインが宿泊した部屋

  • 写真

    門司出身の作家 林芙美子にまつわる展示も

  • 写真

    アインシュタインとエルザ夫人

  • 写真

    建物内には食事ができるレストランも併設

※ 法的には旧三井物産と現在の三井物産には継続性はなく、全く個別の企業体です。
※ 上記の内容は2012年4月15日時点の情報です。

(三井グループ・コミュニケーション誌『MITSUI Field』vol.14|2012 Spring より)

■DATA
旧門司三井倶楽部
建築年月: 大正10年(1921)
住所: 福岡県北九州市門司区港町7-1(門司港駅前)
営業時間: 9:00〜17:00 ※レストランは11:00〜15:00、17:00〜21:00
休館日: 無休 ※レストランは不定休
入館料: 1F/無料 2F/大人100円、小人50円