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益田孝が生んだ日本経済新聞

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旧三井物産経営時代の中外物価新報(『三井事業史』より)

ビジネスマン必読の新聞紙として経済界をリードする「日本経済新聞」。その始まりは旧三井物産初代社長・益田孝が発刊した「中外物価新報」だった。

明治9年(1876)、創業したばかりの旧三井物産社長に就任した益田は勧商局局長・河瀬秀治から「商業知識を普及する新聞を作れ」と勧められる。相談を受けた渋沢栄一も欧州視察で目にした「ロンドン・タイムズ」に触れ、発行に協力。こうして同年、旧三井物産を母体とする日本初の経済新聞「中外物価新報」が創刊した。毎週日曜発行、タブロイド版、4ページ、発行部数は1回約570部。

発刊の費用について益田は「全く個人で拵へたもので自分で金を出して作った」と語っている。内容は経済紙らしく、貨幣・度量衡の単位と換算を掲げ、本文では米・油・塩・鉄などの値段や相場を解説。「英米通信」「上海通信」といった海外の商況も収録している。

また、荷動きに関する説明も加え、経済情報と併せて読者の商機判断に資するための工夫を凝らしている。

その後、新聞は旧三井物産から独立し、明治18年(1885)には待望の日刊を実現。「中外商業新報」「日本産業経済」と改題を重ね、昭和21年(1946)に現在の「日本経済新聞」と名を変え、今日の日本を代表する経済紙へと成長した。

※ 法的には旧三井物産と現在の三井物産には継続性はなく、全く個別の企業体です。