三井の歴史にまつわる施設

三井家野方墓所

執筆・監修:三友新聞社

東京都中野区の公益財団法人三井文庫に隣接する「三井家野方墓所」。これまで長年にわたり非公開とされてきた三井家の墓所は令和元年(2019)から年に1回、一般公開されている。

三井高利と妻・かねの墓碑

三井家は京都・真如堂を菩提寺とする一方で、江戸の菩提寺として本所の真盛寺を支援し、三井高利の墓碑や三井越後屋・三井両替店の奉公人の戒名を刻んだ惣石塔(総墓)などを置いて、一族や奉公人の霊を祀った。大正11年(1922)、真盛寺は本所から杉並に移転。この際、三井家は真盛寺の墓を野方に移し、「野方墓所」と改めた。

三井家は約6000坪の広大な野方墓所の敷地に本堂や位牌所からなる「野方斎堂」を建設。三井11家のうち、五連家(松阪家、永坂町家、五丁目家、本村町家、一本松町家)の墓も置いた。法要には三井家や三井財閥の重鎮などが集まり、『中野区史』には区内の名墓の一つとして紹介されている。

初の一般公開

しかし、野方墓所は戦時中の空襲で被災。墓は罹災を免れたが野方斎堂は失われた。戦後は敷地の一部を日本電信電話公社(現NTT)に割譲。さらに昭和40年(1965)には三井各社の支援で再建された三井文庫の史料館が建てられた。

一方、野方墓所は三井家の管理下で長年にわたり非公開とされ、一般には知られることなく時を刻んだが、歴史的な価値が高いことから今回、中野区の協力も得て初めて期間限定で公開されることが決まった。初回は8月31日に1日のみ行われ、三井グループや地元住民など大勢の関係者が熱心に墓地を見て回った。中野区役所や上高田図書館、三井文庫、三井記念美術館には墓地の沿革などを解説したパンフレットが置かれている。毎年の公開日は未定。

奉公人の供養塔には877人の戒名が刻まれている

INFORMATION

三井家野方墓所

[所在地] 中野区上高田5-16-1