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箱根・松の茶屋

文化の香り高い宿の面影を伝える大正・昭和の名建築

箱根・松の茶屋

室町三井家12代三井高大たかひろ姿子しなこ夫妻によって設立された住宅兼旅館「松の茶屋」。
粋を尽くしたもてなしは評判を集め、多くの文化人に利用された。
大正時代の別荘建築、昭和初期の旅館建築の好例とされ、国の登録有形文化財に指定されている。その来歴と魅力を紹介する。

文化人に愛されるサロン

箱根湯本の中心から離れ、箱根の山々を背景に静かに佇む「松の茶屋」。昭和中期から文化人が集う粋を極めた旅館として営まれた。

その歴史を紐解くと、まず、その前身となる「田舎家」が別荘として大正初期に三井合名理事などを務めた有賀長文あるがながふみによって建てられた。

そして、1944年頃、茶の湯に造詣が深い室町家12代当主、三井高大・姿子夫妻がこの田舎家を譲り受け、戦火を避けて仮住まいをはじめた。戦後、文化人の集う宿を営むことを決め、東京や京都から優れた数奇屋大工を集めて増築を重ね、1953年、「松の茶屋」が誕生した。その名は屋敷脇に立つ松の木に由来する。

松の茶屋は「最高の料理を供す宿」と営業前の増築中から評判が広まっていたという。また、器のよさでも知られ、祖父・高保から譲り受けた懐石の器や、夫妻によって選び抜かれた器が料理を引き立たせた。座敷には細部まで姿子夫人のこだわりが反映 され、自然の山を借景に粋を尽くした庭園が間近に見られる。あふれ出る箱根の湯や数々の美術品など、美意識の高い夫妻の趣向が隅々にまで行きわたり、贅沢なくつろぎの場を演出し、川端康成や谷川徹三、佐藤春夫など著名な文化人が訪れるサロンとなった。

大正・昭和の名建築

「松の茶屋」玄関

「松の茶屋」玄関

4棟で構成される松の茶屋は、建築物としても優れている。中心となる田舎家は、大正期、茶室建築で名高い仰木魯堂おおぎろどうにより設計された。入母屋造りの茅葺かやぶき屋根を持つ建物で、「残月の間」などの座敷と茶室「霞の間」からなる。様式化した近代の茶室とは異なり、箱根の自然を取り入れた自由奔放な発想が見られる。

なお、仰木魯堂は茶の湯に熱心な実業家たちと交友を持ち、三井の重鎮である團琢磨や益田孝などの別邸や茶室等も手掛けた。

客室となる中央棟は、1952年、営業に先立ち増築されたもの。田舎家との調和をはかりつつ、照明や調度などに昭和のモダンな雰囲気をあわせ持つ。次いで1953年に建てられた浴室棟は、八角形の建物で中央に円形の浴槽を備えた。大きなガラス張りの窓から山々を眺望しながら、箱根の湯を存分に楽しめたという。松月と呼ばれる平屋は、昭和前期に建てられ、1959年に移築。茶室風の意匠を取り入れつつ居住性にも配慮されている。

文化財として次代に伝える

宿の運営は姿子夫人が担い、約50年間続けられたが、2004年、その幕を閉じる。夫人は2009年に他界し、その遺言により「松の茶屋」は室町家の美術品とともに、公益財団法人三井文庫に託されている。建築物は、いずれも優れた大正期の別荘建築、昭和期の旅館建築と評価 されており、再現することが容易でないものとされ、2012年、国の「登録有形文化財建造物」に登録された。三井文庫は、貴重な建築物を次の時代に伝えるべく、2011年より修復など、保存公開事業を開始。現在は、建築物保護のため一般的には非公開とされているが、地元の箱根町教育委員会が主催する文化財探訪会のコースに組み入れられ、修復が終わった所から部分的に公開されている。

浴室棟

浴室棟

1953年に建築された銅板葺の木造平屋建。奥に見える中央棟から渡り廊下で結ばれており、建物は八角形になっている。大きなガラス張りの窓からは東側の庭とその奥に広がる山々の眺めが楽しめるよう工夫されている。

田舎家残月の間

田舎家残月の間

田舎家の母屋にある十畳の座敷。表千家に伝来する書院形式の茶室「残月亭」を基にしており、二畳敷の上段床(上座にある床の間)を取り入れた。なお、「残月亭」の名は、豊臣秀吉が上段の床の柱(太閤柱)にもたれて名残の月をながめたことに由来すると伝えられている。

松月

松月

昭和前期に建てられ、1959 年に現在の場所に移築された。室内は茶室風の意匠を多く取り入れながらも、居住性や庭の眺望に対する配慮も両立させている。

中央棟吉野

中央棟吉野

客室棟。写真は大円窓のある茶室「吉野」。他にも可愛い洋間を加えた「卯の花」など、姿子夫人の趣向が行き届いた数奇屋造りの座敷が多数ある。

― PICK UP ―

松の茶屋ゆかりの至宝 国宝「志野茶碗・卯花墻うのはながき
松の茶屋ゆかりの至宝 国宝「志野茶碗・卯うの花はな墻がき」

「卯花墻」は、日本で焼かれた茶碗で国宝に指定されている、わずか2碗のうちのひとつ。明治20年代中頃に室町家の所有となった。松の茶屋では特別な客人をもてなす際などに使用され、また、中央棟の洋間「卯の花」はこの碗にちなんで名づけられた。後継ぎがいなかった高大夫妻は「卯花墻」を含む美術品を三井文庫に寄贈。現在は、三井記念美術館所蔵品となっており、さまざまな展覧会で鑑賞することができる。

※上記の内容は2016年4月28日時点の情報です。

(三井グループ・コミュニケーション誌『MITSUI Field』vol.30|2016 Spring より)

■INFORMATION

箱根・松の茶屋
住所:神奈川県足柄下郡箱根町湯本字上町518-1

アクセス:箱根湯本駅から徒歩またはタクシー

※三井文庫賛助会社からの見学希望には応相談