三井の特集

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三井百科

川柳で分かる越後屋の注目度

三井グループの事業の源であり、三越(現三越伊勢丹ホールディングス)の起源である江戸の呉服店「越後屋」を詠んだ川柳は数多い。

延宝元年(1673)に、江戸の本町一丁目に開店した呉服店「越後屋」は、天和3年(1683)に駿河町に移転。そこは現在の日本橋三越本店の一角(呉服店は間口4間)だったが、大繁盛して通りの向かい側である現在の三井本館の地にも店舗を拡げた。延享2年(1745)には間口36間の巨大店舗となった。越後屋を両側に、道の先に富士山が見える浮世絵は有名。

江戸時代の川柳からは、世相と庶民の思想を知ることができる。江戸っ子の越後屋への注目度が分かる川柳には以下のようなものがある。

◇駿河町を占める越後屋を詠む。
「きつい事隣知らずの呉服店」
「木戸を〆ると越後屋の庭なり」
「呉服店二つに切って人通り」
「駿河町つき當っても呉服橋」(駿河町といえば越後屋を示した。その先は呉服橋)
「駿河町畳の上の人通り」(店内の混雑の様子)
◇越後屋から臨む富士山そして旅を詠む。
「夢に見てさへよい所へ呉服店」
「山で押割ったやうなる呉服店」
「呉服屋の切通しから富士が見え」
「越後屋が見えそなものと富士でいひ」
「呉服屋を毎日のぞく咲耶姫」(咲耶姫は富士山本宮浅間大社祭神)
「越後屋の突當りまで五つ泊り」
「越後屋も江戸一見の道具なり」
◇越後屋は、にわか雨の時に店のマーク入りの傘を無料で貸し出し庶民に喜ばれた。
「呉服屋の一丁前で菰を捨て」
「江戸中を越後屋にして虹が吹き」
「俄雨富士を見当てにかけつける」
「越後屋の前迄傘へ入れてやり」
「呉服屋へかはず飛込む俄雨」(芭蕉の『古池や蛙飛込む水の音』から「蛙」と「買わず」を掛けている)

(2012年12月21日更新)