三井の特集

三井広報委員会
活動紹介パンフレット (4.4MB)
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三井グループ各社の軌跡

Part4 新日本空調/電気化学工業/東洋エンジニアリング/三井住友トラスト・ホールディングス/三井住友ファイナンス&リース/三井不動産

新日本空調株式会社

高い空調技術を核として未来を拓く

“技術のキヤリア”の名のもとに、常に挑戦の姿勢で進むべき道を拓いてきた新日本空調。自らの内に可能性を見出し、幅広い分野で活躍し続けている。

日本の発展とともに歩んできた歴史

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新宿三井ビルディング

1930年、米国キヤリアコーポレーションと三井グループ共同出資により東洋キヤリア工業が設立した。「技術のキヤリア」との呼び声は高く、世界を席巻した高い技術力とパイオニア精神は今なお受け継がれている。1935年には満鉄特急「あじあ号」に世界初の全列車空調を施工、翌年には関釜連絡船「興安丸(こうあんまる)」に全船空調を施工と、その歴史は業界の先頭を切って突き進んできた挑戦の足跡でもある。その後も、日本初の超高層建築物「霞関ビルディング」の空調、地域冷暖房、クリーンルームなど、日本産業の黎明期、戦後経済の繁栄期とともに歩んできた。

1969年には東洋キヤリア工業から工事事業部を分離独立し、新日本空調が誕生する。その後も技術力の研鑽はもちろん、他の事業分野への進出も遂げてきた。また、昭和後期にはシンガポール、スリランカ、中国進出など海外展開が進む。1990年代以降は空調技術を活かした技術開発が加速。近年ではビジュアルソリューションを事業化させている。

技術で拓く未来は無限の可能性を秘めて

昨年度からは3カ年計画として中期経営計画をスタート。特に「随処作主(ずいしょさくしゅ)の一丸体制」と謳い、各社員の当事者意識と組織活動の融合を図ってきた。なかでも、建物のライフサイクルにおいて計画段階から完成後の修繕・リニューアルまでにつながる垂直方向のワンストップと、空調を軸としつつ防災・衛生・電気通信など建築設備全般にわたる水平方向のワンストップを掛け合わせた、新日本空調ならではのソリューションを構築。さらに、低炭素型社会・循環型社会の実現に貢献するスマートエンジニアリングの実現などにも注力している。

また、ビジュアルソリューション事業の中核を為す「微粒子可視化技術」では、半導体や製薬の研究室や現場において問題となりえる微粒子を映像化することに成功。さらに室内の気流や粒子といった流体をコンピュータで画像化するコンピュータシミュレーション技術も駆使し、目に見えないミクロレベルから理想の空気環境を実現していく。

新日本空調はこれからも、人間力と技術力という可能性で未来を切り拓き続ける。

略年表

1930 東洋キヤリア工業創立
1935 満鉄特急「あじあ号」に世界初の全列車空調施工
1962 東レ基礎研究所施工
1968 富士フイルム本社ビル施工
1969 新日本空調設立(東洋キヤリア工業より分離独立)
1976 新宿三井ビルディング施工(VAV方式による超高層ビルの空調)
1988 トヨタ自動車広瀬工場施工
1993 技術研究所・茅野研修所開設
1998 世界最高レベルの「微粒子可視化システム」を開発 (*1)
2004 東芝四日市工場施工
2008 秋葉原ダイビル施工 (*2)
2010 マリーナ・ベイ・サンズ(シンガポール)ホテル棟施工
2012 田町駅東口スマートエネルギーセンター着工
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1 微粒子可視化システム

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2 秋葉原ダイビル

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シンガポール マリーナ・ベイ・サンズ ホテル棟の空調設備を単独施工

2010年にオープンしたマリーナ・ベイ・サンズは、シンガポールのマリーナ・ベイに面した総合リゾートホテルで同国のスカイラインの象徴。新日本空調は、客室数2,600を誇るこのホテルの空調設備工事を単独で施工した。

電気化学工業株式会社

次の100年につないでいきたい真摯な姿勢と誠実な対応

電気化学工業は100年に届かんとする歩みのなかで、自社の核であるカーバイド製造技術を活用し、時代の進化とともに事業の多角化を進めてきた。

激動の時代に化学で答えを導き出す

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本社をおく日本橋三井タワー

日本のカーバイド工業の生みの親である藤山常一博士は、1912年に王子製紙専務の藤原銀次郎氏をはじめとする三井系の有力者の支援を得て、王子製紙苫小牧工場の隣接地に電気化学工業の前身となる北海カーバイド工場を創設。王子製紙から余剰電力の供給を受けて、カーバイド、石灰窒素、変性硫安の製造を開始した。

第一次世界大戦が始まると、化学肥料や化学製品の輸入が滞ってきた。そこで、藤山と三井系の有力者たちは、石灰窒素などの国内生産を強化するべく北海カーバイド工場を母体とした新会社の設立に踏み切った。こうして1915年に電気化学工業が誕生し、以来“資源から価値あるモノ”を開発・生産し続けてきた。

カーバイドチェーンを活かし事業を展開

戦後、電気化学工業は事業の多角化を進めていく。カーバイドから発生するアセチレンを活用し、アセチレンブラックや酢酸、酢酸ビニル、塩化ビニルなどの有機化学製品を生み出した。また、カーバイド生産に適さない細かな石灰石を有効利用したセメント事業は、その後の独創的な特殊混和材事業に発展していく。

高度経済成長期を迎える頃には、長年培ってきた有機と無機の技術を複合化し、より幅広い事業に進出する道が拓ける。1962年、千葉県の石油化学コンビナート内に工場を開設し、ポリスチレン樹脂をはじめとする石油原料の有機素材生産を開始。同年、国内で初めてクロロプレンゴムの事業化にも成功する。1971年には溶融シリカや窒化ホウ素などのファインセラミックス分野への展開が始まり、1979年にはワクチン検査試薬など医薬関連事業に参入、1983年からは樹脂加工分野への進出も果たした。こうして、現在につながる6つの事業を確立していった。

2015年の創立100周年に向け、2007年からは経営計画「DENKA100」が始まっている。次の100年を見据え、カーバイドチェーンの強みを次世代へつないでいかなければいけない。“真摯な姿勢と誠実な対応”というDNAを引き継ぎ、「いつまでも信頼されるものづくり企業」であり続けるために、これからも電気化学工業は着実な歩みを積み重ねていく。

略年表

1912 北海カーバイド工場建設
1915 電気化学工業設立
1916 大牟田工場(福岡県)開設
1921 青海工場(新潟県)開設
1954 セメント事業への本格進出
1962 石油化学分野への展開
クロロプレンゴムの国産化に成功
1968 特殊混和材事業に進出
1971 ファインセラミックス分野への展開
1979 医薬事業への参入
1980 シンガポールに進出
1997 ポリスチレンの世界展開に向けてシンガポールで生産開始
2000 膝関節機能改善剤「高分子ヒアルロン製剤」製造開始
2007 経営計画「DENKA100」スタート (*1)
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完成間近の青海工場

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青海工場の水力発電

有機、無機のさまざまな製品を生産する青海工場は、工場周辺に15カ所の水力発電所を持ち、11万kwの電力の自給が可能。また、推定埋蔵量50億tともいわれる全山石灰石の黒姫山を背負っており、恵まれた資源が事業展開を支えている。