三井の特集

三井広報委員会
活動紹介パンフレット (4.4MB)
イメージ

三井百科

戦後から続く全三井陸上競技大会

春季大会の模様を伝える創刊当時の三友新聞(昭和28年)

春季大会の模様を伝える
創刊当時の三友新聞(昭和28年)

初めて全三井陸上大会が行われたのは昭和24年(1949)。ベルリン五輪の三段跳び金メダリストの三井鉱山(現日本コークス工業)・田島直人氏が中心となり、学習院大学で春に開催された。第1回の優勝は三井鉱山。

昭和27年(1952)には三井東圧化学(現三井化学)・上田弘助氏などの有志により、三井グループの陸上クラブ「三井陸友倶楽部」が発足。初代会長には戦後の全三井振興に尽力した元三井合名野球部の三井不動産・松平康邦氏が就いた。

翌年、初の秋の大会が三井上高井戸運動場(浜田山グラウンド)で実施された。以降、春・秋の年2回大会となる。なお、春季は当初、「8社対抗」を冠し、後に「全三井各社対抗陸上競技大会」、秋季は「全三井浜田山各社対抗陸上競技選手権大会」とそれぞれ名称が異なり、大会の通算回数も別々に数えている。昭和44年(1969)から春の大会は三井物産府中総合運動場(府中グラウンド)で行われるようになった。

平成17年(2005)、府中・浜田山の両グラウンドは同時に閉鎖。秋季大会名からは「浜田山」が外され、「全三井陸上競技選手権大会」と改名された。

後に秋季は代替施設として慶応大学日吉キャンパス陸上競技場で定例を見たが、春季は代々木公園や舎人公園の陸上競技場など毎年、施設の確保に困難を極め、平成27年(2015)からは一橋大学国立キャンパス陸上競技場を利用している。

(2017年6月2日更新)