三井の特集

三井広報委員会
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三井百科

新商法で発展した「越後屋」

伊勢松坂(現在の三重県松阪市)に生まれた三井家の家祖・三井高利が、延宝元年(1673)、52歳の時に江戸本町一丁目(現在の日本銀行新館辺り)に開店した呉服店「越後屋」は、現在の百貨店「三越」の始まりであり、三井の事業の礎でもある。

当初、間口9尺だった店は、新商法により発展し、天和3年(1683)に駿河町(現在の三越本店の一角)に移転の後、本店と支店からなる江戸を代表する大店に成長した。

その新商法が「店前現銀(金)掛け値なし」である。当時の呉服商は、見本を持ち得意先を訪ねて注文を取る「見世物商い」か、品物を得意先で直接売る「屋敷売り」が普通で、支払いは盆と暮れの年2回であった。高利の発案により越後屋は店で品物を現金で売り、掛け値なしという正札販売を実施した。また、当時反物で販売していた呉服を、切り売りして庶民に喜ばれた。

高利は、江戸の店の開店と同時に京都に仕入れ店を設け商品の買付けに工夫を凝らし、資金の調達も合理的にすることで斬新な呉服販売を可能にした。

江戸の店では、引札(チラシ)を市中に配布したり、店で注文に即応して羽織などを仕立てたり、にわか雨の時に傘を多数の顧客に貸すなどの新サービスを心掛けた。

やがて川柳に、「駿河町畳の上の人通り」などと詠まれるほど繁盛する店となった。