日本橋三越本店の正面玄関にあるライオン像。待ち合わせ場所として多くの人に利用されています。
大正3年に、三越が日本初の百貨店としてルネッサンス式鉄筋5階建ての新店舗となった時、当時、支配人だった
日比翁助のアイデアで、二頭のライオン像が設置されたのが始まりです。
三井銀行本店副支配人だった日比翁助は、明治31年に、合名会社三井呉服店(明治37年株式会社三越呉服店となる)の副支配人に就任しました。日比はさまざまな改革を試み、三越が百貨店となる基礎を築いた人物です。
日比は、ライオンが好きで自分の息子に「雷音」と名前を付けたほどでした。もちろん、三越がライオンのような王者になることを願ったのはいうまでもありません。
このライオン像の大きさは、うずくまる形で、前足から尾まで269cm、頭までの高さが120cmあり、青銅製。モデルとなったのは、ロンドンのトラファルガー広場にあるネルソン提督像を囲むライオン像です。この広場のライオン像は、動物画家で彫刻家でもあったランドシィーアの作品。日本橋三越本店のライオン像は、それを模して彫刻家・メリフィールトの模型を鋳造家・バルトンが作りあげたものです。
大正12年の関東大震災では火を被り、磨き直しました。昭和16年太平洋戦争開戦後、金属回収のために海軍省に供出しましたが、戦後、幸運にも溶解を免れ、東郷神社に奉納されているのを社員が発見し、昭和21年に本店に戻りました。
三越本店には、天女(まごころ)像、パイプオルガンなど歴史あるシンボルがありますが、ライオン像は本店だけでなく、全国の三越の支店にも設置されており、三越のシンボルとして愛され続けています。