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三越の歴史
「越後屋」から「三越」へ
三越は、延宝元年(1673)、三井高利(三井家の家祖)が江戸本町1丁目に越後屋呉服店を開いたことに始まります。当時の商法をくつがえす「店前現銀売り」などで庶民の心をとらえ、繁盛しました。延宝6年(1678)には、駿河町に移転し、両替店も設置したのです。しかし、明治に入ると、呉服店は時代の流れに沿えなくなったのです。明治維新により、武家の得意先を失い、洋服も出てきたからです。三井は、三井銀行、三井物産、三井鉱山など目覚ましく発展しましたが、呉服店は取り残されてしまったのです。

ついに、明治5年(1872)に、呉服店は三井大元方から離され、三井の「三」と越後屋の「越」を取り、三越家をたて、三越得右衛門らの経営となりました。店章も丸に越のマークに改められたのです。
 
マーク
明治26年(1893)に、三越得右衛門は三井に復姓し、三井得右衛門となりました。そして、同年、越後屋は合名会社三井呉服店と改称したのです。
明治28年(1895)、慶應義塾出身で三井銀行大阪支店長の高橋義雄が、三井呉服店の理事に就任。高橋はアメリカの百貨店の研究をしており、三井呉服店の近代化を図りました。店章は、翌年に丸に井桁三に戻りました。

高橋は、三井銀行の改革に力を尽くした中上川彦次郎を通じ、三井銀行本店副支配人で、慶応義塾出身の日比翁助に三井呉服店入りを頼みました。高橋は日比の人格を見込んだのです。日比は明治31年に、三井呉服店副支配人に就任し、高橋と共に改革を進めました。

日比は呉服店の新構想を三井理事会に提示しましたが、受け入れられませんでした。呉服店の利益は三井全体からいって少なかったため、三井理事会は呉服店を三井の事業から独立させたのです。

そして、明治37年(1904)12月6日、株式会社三越呉服店が設立されました。資本金は50万円。店章も丸に越に改まりました。日比は三越呉服店の専務取締役となったのです。日比は、従業員持株制を打ち出しました。これは、当時としては画期的なことで、総数1万株の株主数は114 名でした。
日比翁助の改革
同じ月に、日比は「デパートメントストア宣言」をし、日本初の百貨店としての道を三越呉服店は歩み始めたのです。

明治39年、日比は欧米を視察し、イギリスのハロッズ百貨店を目標にしようと決めました。同年に、洋服部(明治29年以後休業)を再開し、明治40年には、靴、洋傘などを揃えました。そのほか輸入品、三越ならではの商品を販売し、品揃えの幅を広げていきました。

そして、明治41年に三越呉服店は新店舗となり、従来の呉服店の雰囲気を一新しました。また、宣伝にも工夫をこらし、有名な広告コピー「今日は帝劇、明日は三越」(浜田四郎作)も生まれたのです。

大正3年、三越呉服店はルネッサンス式鉄筋5階建ての新店舗となり、日本初のエスカレーターが設置され、全館暖房となり、時代をリードする百貨店となっていくのです。

なお、三越呉服店の商号は、昭和3年(1928)に三越となりました。
三越のシンボル、ライオン像について
日本橋三越本店の正面玄関にあるライオン像。待ち合わせ場所として多くの人に利用されています。

大正3年に、三越が日本初の百貨店としてルネッサンス式鉄筋5階建ての新店舗となった時、当時、支配人だった日比翁助のアイデアで、二頭のライオン像が設置されたのが始まりです。

三井銀行本店副支配人だった日比翁助は、明治31年に、合名会社三井呉服店(明治37年株式会社三越呉服店となる)の副支配人に就任しました。日比はさまざまな改革を試み、三越が百貨店となる基礎を築いた人物です。

日比は、ライオンが好きで自分の息子に「雷音」と名前を付けたほどでした。もちろん、三越がライオンのような王者になることを願ったのはいうまでもありません。

このライオン像の大きさは、うずくまる形で、前足から尾まで269cm、頭までの高さが120cmあり、青銅製。モデルとなったのは、ロンドンのトラファルガー広場にあるネルソン提督像を囲むライオン像です。この広場のライオン像は、動物画家で彫刻家でもあったランドシィーアの作品。日本橋三越本店のライオン像は、それを模して彫刻家・メリフィールトの模型を鋳造家・バルトンが作りあげたものです。

大正12年の関東大震災では火を被り、磨き直しました。昭和16年太平洋戦争開戦後、金属回収のために海軍省に供出しましたが、戦後、幸運にも溶解を免れ、東郷神社に奉納されているのを社員が発見し、昭和21年に本店に戻りました。

三越本店には、天女(まごころ)像、パイプオルガンなど歴史あるシンボルがありますが、ライオン像は本店だけでなく、全国の三越の支店にも設置されており、三越のシンボルとして愛され続けています。
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