三井家では、家憲のほかに商売上の教訓も明文化していたました。総領家3代目当主・高房が、「大商人の手本」と称された父・高平(2代目)の見聞に自らの見識を加え、一族のためにまとめた戒律書です。高房が著した序文、上・中・下巻と、後人の作とされる「町人考見録追加一巻」があります。
いずれも、京を中心とする商家に実在した良い商人・悪い商人の例(合わせて50ケース余り)を列挙し、商人がしてはいけないこと、すべきことを具体的に教えています。なかには親戚筋の三井三郎左衛門の名も見えます。
高房は本書の序において「商家の初代というものは、田舎から出て来て裸一貫から、あるいは他人の店で頑張って身を興して商いを拡張し、築き上げた財産を子孫に伝えようと自分の代は倹約に努め、艱難辛苦を乗り越えてひたすら家業に専念するものだ。しかし孫の代ともなると、裕福な環境で育っているので、苦労を知らず、金銀の大切さがわかならくなってしまう」といった趣旨のことを述べています。家が豊かになり基盤が整った後、子孫の気の緩みが家を滅ぼすという事態を、どこの家にも起こり得ることとして心配したわけですね。
さらに源頼朝、頼家・実朝親子の例、足利将軍家の例などをあげて歴史に学ぶことの重要性を説いています。 また下巻では、自らの家業である両替屋について、格別難しい商売であるとし、子孫が少しでも気を抜けば、先祖の偉大な事業を無にしてしまうのだ、と強く警鐘を鳴らしています。
全体を通して、祖先が大変な思いをして築いた身代をいかに永く存続させるか、という財産第一、家第一主義と、町人らしい現実主義の価値観に基づいています。
具体的な禁止事項として筆頭に挙げられているのは「大名貸し」です。文字通り大名家に金銭を貸すことですが、なかなか返して貰えないのが常でした。これが災いして立ち行かなくなった商家は多かったようで、全事例中のほとんどに見られます。あとは遊興、遊芸、信仰への耽溺・没入などを禁じ、「町人の分」を守れ、と固く戒めています。