三井の歴史

三井広報委員会
活動紹介パンフレット (4.4MB)
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コラム「三井を読む」

第32回

三井と女性たちの活躍(後編)
教育や文化、女性の地位向上に貢献

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今回の後編は、明治以降に教育や文化、また女性の地位向上のために力を尽くした三井の女性たちを紹介する。

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第31回

三井と女性たちの活躍(前編)
三井家商いの始まりを支えた女性たち

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長い歴史のなかで三井は数多(あまた)の優れた人材を輩出してきたが、江戸時代から近代においては、そのほとんどが男性である。時代背景として、女性が進出しづらい社会制度が横たわっていたことが大きな理由だが、女性の活躍の記録がないわけではない。

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第30回

史料でみる三井(幕末〜財閥形成期編)
伝えられた史料から読み解く、三井のあゆみ

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江戸期に日本屈指の大店(おおだな)であった三井だが、幕末においては存続の危機に陥っていた。しかし、優れたリーダーの才覚によってその危機を乗り切ると、新時代を迎えてさらなる発展の道を歩み始めていく。今回は、近代における三井の礎が築かれた幕末〜明治の貴重な史料を紹介する。

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第29回

史料でみる三井(江戸期編)
伝えられた史料から読み解く、三井のあゆみ

イメージ徳川家光の時代から歴史を歩んできた三井には、貴重な史料が多数残されている。2回にわたって史料の写真を中心に三井のあゆみを概観してみよう。

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第28回

渋沢栄一と三井(後編)
近代日本経済の礎を築いた資本主義の父

イメージ帰国した渋沢栄一が様相した日本で不思議な縁によって官界に身を置くことになる。後編は官の立場での業績、経済活動や三井との関わりについて触れていく。

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第27回

渋沢栄一と三井(前編)
近代日本経済の礎を築いた資本主義の父

イメージ維新後、あらゆる分野の近代産業を興し育成することが急務であるとし、民間の立場で尽力した渋沢の情熱の原点といえる波乱に富んだ前半生に触れる。

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第26回

茶室「如庵」
三井家が保存に尽力した国宝

イメージ愛知県犬山市に保存されている「如庵」。貴重な文化財として国宝に指定され明治から昭和にかけて、三井北家が所有し、伝承保持に尽力していた。

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第25回

富岡製糸場と三井
近代日本の礎を築いた歴史遺産

イメージ2014年に世界遺産に登録された「富岡製糸場」。明治期に工業化を推進した三井では製糸場を落札、古い設備を一新するとともに、経営の改革にも着手した。

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第24回

米山梅吉
三井信託株式会社初代社長。
奉仕の精神あふれる財界人

イメージ戦前の三井の重鎮の一人として知られる米山梅吉。企業家としてだけではなく、日本初のロータリークラブを設立するなど、生涯にわたって奉仕の精神を貫き通した。

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第23回

池田成彬
團琢磨亡き後、激動の昭和時代に
三井財閥の舵とりを担う

イメージ理事長の團琢磨を暗殺で失った三井合名は方針転換を図り、様々な改革を断行。財閥批判の世論が高まる中、團亡き後を託された池田成彬が辣腕を振るった。

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第22回

三井高棟
三井が最も繁栄した時代を生きた総領家当主

イメージ家政改革や持株会社による事業統括など三井財閥の基礎を築いた三井高棟。團琢磨との名コンビで三井の最盛期を担い、隠居後には文化面でも足跡を残しました。

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第21回

三井三池炭鉱史話(後編)
官営三池鉱山から三井の三池炭鉱、そして終焉まで

イメージ三井は各勢力との暗闘の末、三池炭鉱を落札します。さらに鉱山技師である團琢磨の活躍により三池はその規模を拡張、国内石炭産業の一時代を築きました。

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第20回

三井三池炭鉱史話(前編)
三池炭鉱の成り立ちと三井との関わり

イメージ三井財閥の繁栄の礎となったのは、益田孝の主導により落札した三池炭鉱での鉱山経営でした。炭鉱事業は発展を遂げ、戦前まで三井の事業の一角を担います。

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第19回

三井財閥の解体(後編)
占領軍による経済政策の嵐

イメージ各財閥は解体により、財産の没収や傘下会社の分離・解散、役員の退陣など辛酸をなめます。その中で一番厳しく処分されたのが最も巨大な三井財閥でした。

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第18回

三井財閥の解体(前編)
272年の歴史への終止符!?

イメージ終戦後、GHQから解体を命じられた三井財閥は決定を覆すべく、交渉を重ねますが全て失敗に終わり、272年続いた三井の歴史はここに幕を閉じました。

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第17回

三井家憲の制定
三井十一家戸主相互の契約

イメージ三井家の家訓は2代当主・三井高平が残した「宗竺遺書」が約200年にわたり守られてきましたが、明治に入ると時代に即した「三井家憲」へと改定されます。

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第16回

関東大震災と三井
未曾有の大震災に対し、かつて三井は何を成したか

イメージ死者約10万人を数えた関東大震災。三井財閥も旧三井本館を失うなど甚大な被害を受けましたが、團琢磨の陣頭指揮の下、懸命な被災者救済の任に当たります。

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第15回

益田孝(後編)
旧三井物産を創設し、
貿易立国の礎を築き上げた文化人

イメージ旧三井物産は西南戦争での物資調達や三池炭鉱落札により社業を順調に拡大、後に益田は「大御所」として晩年まで三井の政策決定に影響力を持ちました。

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第14回

益田孝(前編)
旧三井物産を創設し、
貿易立国の礎を築き上げた文化人

イメージ旧三井物産の創業者・益田孝は幕臣から実業家へ転身。井上薫らとともに立ち上げた世界初の総合商社はやがて三井財閥の中核事業として発展していきます。

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第13回

中上川 彦次郎
三井銀行の改革を断行し、多くの事業を推進。
次代を担う人材を登用

イメージ明治中期、三井銀行の経営悪化を救ったのが中上川彦次郎です。不良債権の回収から人材登用、工業化などを次々に推し進め三井に革命的な事績を残しました。

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第12回

團琢磨
地域と国の100年後を見据え続けた企業人

イメージ三池炭鉱とともに三井に抜擢され、三井合名理事長まで登り詰めた重鎮・團琢磨。明治・大正の三井財閥をリードした彼の生涯は暗殺という悲劇で終幕しました。

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第11回

三野村利左衛門
幕末から維新後に至る時代、三井を救い近代へと導いた人物

イメージ幕末、幕府の度重なる御用金は三井を破産寸前まで追い込みました。窮状を救い、明治における事業の基礎を築いたのが三井の大番頭・三野村利左衛門です。

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第10回

幕府御用達と維新政府への支援
三井グループ企業の原点「三井越後屋物語」—後編

イメージ幕末の動乱期、国内の各勢力は佐幕と勤皇のどちらに味方するか決断を迫られます。両陣営に通じていた三井家は大政奉還を見極めた上で倒幕の資金を新政府に援助します。

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第9回

駿河町の発展から三都における基盤を築く
三井グループ企業の原点「三井越後屋物語」—中編

イメージ念願の「越後屋」を開店させた高利は次々と新商法を打ち出し、成功を収めます。同時に厳しい規律を設け、組織力を固めることで盤石な経営体制を築きました。

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第8回

雌伏の時代から江戸進出へ
三井グループ企業の原点「三井越後屋物語」—前編

イメージ14歳で故郷・松阪を後にして、江戸へ奉公修行に出た三井高利は28歳で松阪へ母のため帰郷します。「江戸に店を出す」という夢が実現するのはそれから24年後のことでした。

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第7回

激動の近代を歩み、新たな三井グループへ
三井合名会社から現代へ。三井グループの組織変遷 (2)

イメージ繁栄を続けた三井財閥も戦時色が強まる中で三井合名理事長の暗殺をきっかけに、改組を余儀なくされます。苦難を乗り越え戦後に待っていたのはGHQによる財閥解体でした。

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第6回

大元方を基礎に三井合名会社を築く
江戸時代から近代へ。三井グループの組織変遷 (1)

イメージ三井家は「大元方」と呼ばれる統括機関を置き、全事業の資本金や利益、店舗など細かく管理しました。その組織体制は明治になり三井財閥の持株会社・三井合名となります。

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第5回

同苗結束のシンボル、「宗竺遺書」の制定
三井家とその事業を規定する家法

イメージ三井家には事業の繁栄を保持するための厳しい家法がありました。その内容は勤勉や経営、相続に及び、この教えが時代を超えて三井を発展へと導く基礎となりました。

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第4回

商いの大理想を新たな店章に託して
300年以上前に示された先進的なCI戦略

イメージ三井高利が他店との差別化を図る目的で考案した暖簾印「丸に井桁三」は、やがて三井グループを代表する商標となり、各社の社章としても使われています。

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第3回

松阪の地で育まれた三井の心
商いの精神と富を生み出す知恵

イメージ三井グループの家祖・三井高利を育んだ三重県松阪市。今も松阪市に残る高利生家跡地を訪ね、三井家のルーツとその精神の原点に触れてみましょう。

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第2回

三井記念病院と日本近代医療の始まり
高度な医療を多くの人々に

イメージ今からおよそ100年前に開設された三井慈善病院の医療は生活困窮者を対象とし、その理念は現在の社会福祉法人・三井記念病院へと受け継がれています。

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第1回

銀行の誕生と三井 — 両から円へ —

イメージ江戸から明治へ至る時代の中で、三井は政府の新旧貨幣交換の制度改革にも協力、「三井札」を発行するなど金融の強みを発揮し、やがて日本初の民間銀行・三井銀行を設立します。

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※ 法的には旧三井物産と現在の三井物産には継続性はなく、全く個別の企業体です。