三井の歴史

三井広報委員会
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コラム「三井を読む」

三井の歴史を体現する、
後世に受け継ぐべき文化遺産の数々

三井が伝える
美の伝統(絵画編)

江戸時代から続く長い歴史の中で、三井各家は数多くの優れた美術品を収集し続けてきた。その大部分は寄贈されて公益財団法人三井文庫・三井記念美術館が所蔵し、折々に公開されているが、今回はその中から代表的な絵画を紹介しよう。

三井の繁栄示す膨大な美術品

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国宝 雪松図屏風
円山応挙筆
江戸時代・18世紀
北三井家旧蔵
円山応挙は江戸時代の中~後期に活躍した画家。写生を重視した画風が特徴で、本作品は三井家の特注とみられている。特別仕立てと思われる大判の和紙に墨と金泥と金砂子、そして紙の白色を効果的に用い、雪の照り返しできらめく松を情感豊かに表現している。「没骨技法」と呼ばれる輪郭線を用いない描き方も特徴のひとつ。

茶道具から始まり、絵画、書跡、拓本、刀剣、染織品、調度品、人形、能面や能装束、また切手など、1600年代後半から近代の昭和初期にかけて三井各家が収集し続けてきた美術品のバリエーションは多岐にわたっている。

現在、三井記念美術館に収蔵されているこれらの品々は、美術品約4千点、切手約13万点(平成28年12月時点)といわれ、その中には6件6点の国宝、22件75点の重要文化財(三井文庫本館所管を含む)、3件4点の重要美術品が含まれている。

今回はその中から一部の絵画を紹介するが、特に円山応挙の筆による『雪松図屏風』は国宝に指定されており、三井記念美術館収蔵の美術品の中でも代表格のひとつといえる。寄贈したのは北三井家。同家は当時応挙の作家活動を支援していたことから、『雪松図屏風』以外にも『郭子儀祝賀図』『水仙図』などいくつかの応挙作品を所蔵していた。

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東閣観梅・雪山楼閣図
川端玉章筆
明治時代・19世紀
北三井家旧蔵
作者の川端玉章は明治時代に活躍した美術家(1842~1913)。皇室による日本美術・工芸の保護奨励を目的として定められた「帝室技芸員」に任命されている。本作品は冬の雪景色と梅の花が咲く春の景色が対になった楼閣山水画。玉章の力作のひとつであり、特に雪景色の表現には円山応挙の『雪松図屏風』と相通ずる画法が感じられる。

『東閣観梅・雪山楼閣図』も北三井家による。作者の川端玉章は10代の頃に三井越後屋の奉公人であったが、絵の腕を見込まれて画家に転身した人物である。そうしたことから三井家との縁は画家になった後も長く続き、三井家邸内の障屏画など、色々な作品を手掛けている。

『日月松鶴図屏風』と『聚楽第図屏風』は新町三井家が所蔵していたもの。『日月松鶴図屏風』については、同家がこの作品をいつ入手したか時期は不明だが、三井文庫別館に寄贈された後、同館学芸員による新発見作品として重要文化財に指定された。制作時期は室町時代末期と推測され、やまと絵系屏風絵の数少ない遺例といえる。

もう一方の『聚楽第図屏風』は新町三井家8代当主の高辰(たかとき)が明治8年(1875)に近江大津で入手したといわれる。その他、新町三井家からは『六祖破経図』『蓮燕図』『漁村夕照図』など貴重な作品が寄贈されている。

三井記念美術館に収蔵されているこうした美術品の膨大な量と質からも、三井一族の希有な繁栄の歴史をうかがい知ることができるだろう。

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重要文化財 日月松鶴図屏風
室町時代・16世紀
新町三井家旧蔵
背景を総金地とし、鶴や松、日月という題材を配した花鳥図屏風。六曲の屏風の右隻には新芽の松、たんぽぽ、すみれ、つつじの咲く春、中央に葦が伸びる夏、左隻にかけて穂を出す秋と季節の移ろいが表現され、左右に金属板で日月が置かれた吉祥的な自然景観に、時空を超越した曼荼羅的世界感が示されている。

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聚楽第図屏風
桃山時代・16世紀
新町三井家旧蔵
よく知られているように聚楽第は天正15年(1587)、豊臣秀吉が京都洛中に建造した居城。本作品に描かれている壮麗な天守閣や咲き誇る桜からは、まさに絶頂期にあった秀吉の栄耀栄華が偲ばれる。作者は不明だが、聚楽第創建と同時期(桃山時代)に描かれたものと考えられ、美術的価値はもとより、当時の聚楽第と周辺の様子を伝える貴重な資料ともなっている。

写真提供/三井記念美術館

(三井グループ・コミュニケーション誌『MITSUI Field』vol.33|2017 Winter より)