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船舶艤装工として、現場一筋42年。卓越した技能で、黄綬褒章を受章。 三井造船株式会社 南原 國夫さん
三井造船株式会社 南原 國夫さん
 昨年11月16日におこなわれた秋の褒章伝達式では、さまざまな功績を認められた受章者たちが皇居豊明殿にて天皇陛下に拝謁し、お祝いの言葉を賜わりました。三井造船 船舶・艦艇事業本部 千葉造船工場の南原國夫さんもそのひとり。その道一筋に業務に精励し、衆民の模範である人に贈られる、黄綬褒章を受章されました。昭和38年に入社以来、船体艤装(ぎそう)技能工として三井造船の“ものづくり”を支えてきた南原さんに、受章理由となった現場一筋の42年間についてうかがいました。
父の姿に憧れて、三井造船へ
 入社したのは、玉野の工場です。私は岡山生まれで、父親も三井造船に勤めていました。父が残業する時は、工場の門のところまで弁当を届けに行くのですが、油でまっ黒になった父を見て、すごい仕事をしているのだなぁと思ったものです。子供の頃からいつも船が近くにあって、曲り外板を鋲(リベット)で打つ音を聞いたり、溶接の火の粉が落ちてくるのを見たりしながら育ったという感じでした。中学を出て養成工として三井造船に入り、4年間の研修期間中に船体艤装に配属。それ以来、今の職場(安全グループ)に異動するまで38年間、ずっと艤装畑を歩いてきました。
 艤装というのは、船体が完成してから、航海に必要な一切の装備を整えて就航にいたるまでの工事の総称です。船体艤装というのは、荷役に必要なパイプラインやポンプの取り付けから居住区の内装まで、船殻構造(船の骨組みと外板)、機関艤装(エンジン)、電気艤装以外のすべてが仕事。船種によって内容が全然違うし、担当するエリアも一番広いわけです。先輩についてまわって補助する仕事から始まるのですが、黙って見て覚えろという時代で、怒られながらコツコツ時間をかけて覚えたという感じです。
競い合いながら技術を磨いた日々
 基本的には、製品を取り付けて最終的な船のかたちに仕上げていくのが仕事ですから、どうやったら簡単に、安全に、早く付けられるかが腕の見せどころです。先輩からはよく言われました。できた品物を取り付けるのは誰でもできる、持ってきたけど合わなかった、設計が想像した通り付かなかった時に、うまく細工をして取り付けるのが職人だ、と。
 船を造る時は、区画ごとに班単位で担当します。私は26歳で班長になりましたが、例えば、別の班が同じ仕事を10日でやったと聞くと、じゃあうちは9日でやろうと、そんな競争意識が強かったです。また、そういう教育も受けましたし、燃えていましたね。
 一番感動するのは、命名式です。スケジュール通り船ができて、船主が来られて、くす玉を割ってお祝いをする。造船工場では一番華やかな瞬間です。現場では、やっぱり取り付けた物が動いた時。タンカーなら、原油を輸送するためのパイプラインのポンプが動き出した時に、船が完成したなという実感がわきます。
 しんどいのは船が思った通りにできない時です。よその職場から応援を借りて、なんとか船を引き渡した経験が何度もあります。LNG船など初めての船を造る時は、いろんな研修も受けますが、その通りに造れるかどうか、全然先が読めません。実際、ことごとく予想通りに進まない状況が発生したこともありました。それだけに、できあがった時はうれしかったですね。一緒にやっていた仲間も、担当さんも、本当にうれしかったでしょう。
安全管理においても、基本は現場を見ること
 3年前に、安全管理の仕事へ異動になりました。現場を離れた時は寂しかったですが、現場が基本なのは安全も一緒です。現場へ出て、みんなに声をかけて聞くことで、いろんなことがわかります。
 ケガをさせないように教育しているつもりなんですが、若い人に私たちが想像できないようなケガが多い。こんなことでケガをするのかと驚くことがあります。私たちが子供の頃は、一日中外で遊びまわって、指を切ったり、木から落ちたり、そんな経験を山ほどしましたが、今の子供たちにはそれがない。だから、危険に対する感受性というものが違うんですね。それは教えても身につかない。体験して、体が覚えないと。仕事も同じで、机の上で図面を見せて、説明書を読んで教えてもできません。同じ仕事を失敗しながら繰り返していくうちに、どうすればいいかわかってくる。自分がそんな風に仕込まれてきましたから、その部分を教えるのがちょっと難しいですね。
4月から技能訓練所で新人の指導を担当
 もうすぐ定年ですが、定年後は技能訓練所で、高校を卒業して入ってくる人の指導を頼まれています。今、技を身につけさせ、安全に対する感性を高めるためにどんなことをしたらいいか、考えているところです。やっぱり、若い人の成長を見るのが一番うれしいですよ。一緒につれて歩いていた子たちが、今、現場でバリバリやっているのを見ると、すごいなと思います。何も教えてないですけどね(笑)。
 黄綬褒章の知らせを受けた時は、私がもらっていいのかなという感じでした。平成17年に「現代の名工(※)」をいただいて、その中から選ばれるという話を聞いてはいたんですが、まさか自分がいただけると思ってもいなかったので。母にまず、たいへんなことになったと報告しました。父が生きていたら喜んでくれたと思います。
 今までいろんな仕事をしてきましたが、それをさせてくれる上司がいて、ついてきてくれる仲間がいた、このふたつにつきると思います。私はそんな仲間と一緒にわいわい言いながら、楽しんでやってきただけ。だから、名工も今回の褒章も、みんなの代表でもらったという気持ちです。仲間に恵まれたからもらえたんですね。本当に、いいやつばかりでした。それが私の財産だと思っています。

※厚生労働省が卓越した技能者を表彰する制度


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