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三井の歴史にまつわる施設

旧三井家下鴨別邸執筆・監修:三友新聞社

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望楼が特徴的な木造3階建ての旧三井家下鴨別邸

かつて三井家が祖霊社を祀っていた京都の「旧三井家下鴨別邸」。明治期から大正期にかけての歴史建造物として、平成23年(2011)には国の重要文化財に指定された。現在は京都市による修復作業が行われ、平成28年(2016)10月1日から一般公開が開始された。

下鴨別邸は下鴨神社(賀茂御祖神社)の「糺の森」から南、高野川と鴨川の合流地点の北岸に位置する。この地一帯は明治31年(1898)、三井家が購入し、同42年(1909)、三井家の祖霊社「顕名霊社」が遷座された地であり、京都に複数あった三井家邸の中でも特別の意味を持つ場所であった。

呉服を商う三井家は京都で養蚕の神「木嶋神社」を信仰しており、宝暦元年(1751)、顕名霊社として勧請し、神社内に社殿を設けていた。顕名霊社は明治42年、三井家の遠祖・三井高安の300年忌に際し、下鴨の地に遷座され、その後、三井家は宿舎や茶室の新築・移築を進めるなど、下鴨別邸として整備していく。

3棟からなる歴史的建造物

下鴨別邸は、「主屋」「玄関棟」「茶室」の3棟からなる。大正11年に(1922)に社殿を造替、主屋は鴨川下流の「木屋町別邸」から移築され、増築を加え、大正14年(1925)に竣工した。木屋町別邸は三井総領家第8代当主・三井八郎右衞門高福が明治13年(1880)、鴨川下流の東岸に建造したもの。9代当主・高朗が死去する明治27年(1894)まで居宅していた。望楼が特徴的な木造3階建てで、内外ともに簡素な意匠でまとめられている。移築前の古写真から、木屋町別邸の姿のまま移されたことが判明している。新築された玄関棟は、主屋西側に位置する。入母屋造りの桟瓦葺の平屋建築で、鬼瓦には三井家の家紋「四ツ目結(ゆい)」が残る。書院造りの形式を踏襲しつつ、意匠は洋風の要素を取り入れた趣となっている。

茶室の建築年代は詳らかではないが、修復中、「慶応四年」(1868)と書かれた祈祷札が確認されたことから、その頃に前身建物の一部として茶室が建築されたと考えられる。3畳次の間が付いた4畳半広間と1畳台目の小間の簡素な構成で、庭園はひょうたん形の池と、苔地の築山に曲線園路が巡る。

戦後は京都家庭裁判所宿舎に

大正から昭和初期にかけて、下鴨別邸では三井家による例祭が行われてきたが、戦後、三井財閥は解体。顕名霊社は三井総領家の油小路邸に移され、下鴨別邸は昭和24年(1949)に国有化され、隣接する京都家庭裁判所の所長舎として平成19年(2007)まで使われた。

貴重な文化財を次世代に継承

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主屋では趣のある庭園を望みながら喫茶もできる

平成23年(2011)に近代京都における豪商の別邸建築を知る貴重な歴史建造物として、重要文化財(建造物)に指定。同25年(2013)、文部科学省の所管となり、管理団体は京都市に移された。京都市では貴重な文化財を適切に保存し未来へ継承することを目的に、同年から老朽化した下鴨別邸の修復工事に着手。屋根の葺き替えや土壁の塗り替えなどを進め、平成28年10月1日、一般公開を開始した。

公益社団法人京都市観光協会、賀茂御祖神社(下鴨神社)、曽根造園、三井不動産レジデンシャルサービス関西で構成されるコンソーシアムが指定管理者となり、公開事業の運営や管理、広報業務などを行う。また三井不動産も事業協力団体として、下鴨別邸の魅力をPRしていく。

3階建ての主屋のうち、観覧できるのは1階部分と庭園で、2階・3階は通常非公開だが、観光シーズンに合わせ3階まで観覧できる特別公開も実施される。入館料は大人410円、中高生300円、小学生200円。開館時間は午前9時〜午後5時(午後4時30分受付終了)。水曜日及び12月29日〜31日は休館(水曜日が祝休日の場合翌日)。主屋では喫茶サービスもあり、庭園を眺めながらゆったりと時間を過ごすことができる。また主屋2階の座敷・居室・茶の間及び茶室は有料で貸出利用を行っており、会議やイベント等で使用することも可能。

玄関棟ではガイドによる下鴨別邸についてのレクチャーが行われる他、主屋内には三井にまつわる資料も多数展示。「三井高利夫妻像」や、公益財団法人三井文庫の所蔵品である、高利の三男・高治が事業を記した「商売記」、連続テレビ小説のモデルとなったことで話題となった広岡浅子の直筆の手紙など5点は、富士ゼロックス京都が複製し三井文庫に寄贈したもので、三井文庫が下鴨別邸に貸し出し、展示されている。

旧三井家下鴨別邸
所在地:京都府京都市左京区下鴨宮河町58-2
関連リンク:京都市観光協会